東灘区

このページでは、兵庫県神戸市の「東灘区」の特徴について紹介しています。これから東灘区に引っ越す、あるいは家を購入する予定のある方もおられるかもしれません。「東灘区」とはどのような街でしょうか。こちらでは、東灘区の特色・歴史や住みやすさについて紹介しています。

土地の価格相場

東灘区で家を建てる場合に気になるのが土地の価格相場です。

2019年令和元年 基準地価平均では、東灘区は33万5730円/m2、坪単価は110万9853円/坪となっています。

東灘区のエリア地下ランキングでは、1位が「岡本」で、地価平均45万7000円/m2、坪単価平均151万0743円/坪、2位が「摂津本山」で、地価平均42万9571円/m2、坪単価平均142万0070円/坪、3位「住吉(JR)」で、地価平均38万0555円/m2、坪単価平均125万8034円/坪。

土地の価格帯は3000万円~6000万円に集中していますが、阪急「御影」駅や「岡本」駅周辺など阪急沿線の山手エリアでは、7000万円以上の高価格で取引されることもあります。

東灘区の特色

さまざまな要素がバランスよく混在するパッチワークの街

東灘区は一色に染まることのない、さまざまな色彩が交じり合ったパッチワークのような街です。

もっとも印象的なのは酒造の街としての顔ですが、それ以外にも古き良き時代の面影を残す情緒あふれる下町や、種々の伝統文化。神戸のみならず日本経済を支えてきた臨海工業地域。北部の山手に立ち並ぶ閑静な邸宅街。早期に開港が行われた神戸らしい雰囲気を持つ海上文化都市の「六甲アイランド」。さらには大学のキャンパスも点在するなど、学園都市としての顔も覗かせています。

便利さと住み心地の良さ、豊かな教育環境も備える

東灘区は近畿エリアにおいて有数の住宅地として知られ、2017年住みたい街ランキングでは総合4位にランクインするなど、住みやすさこそがこの街の最大の持ち味です。

人々が住みやすいと感じる理由は、鉄道で三宮まで15分、大阪梅田まで30分という好アクセスや、山と海に囲まれた恵まれた環境にあるうえ、中学・高校・大学が各地に点在し、教育の街としても充実しているからです。1995年に発生した阪神淡路大震災では被害を受け、人口は減少しましたが、現在は震災前より人口が増えています。

東灘区の歴史

東灘区の歴史はとても古く、その始まりは4世紀半ばまで遡ります。

当時の日本は大和政権が全国を統一し、各地の豪族たちによる支配がはじまりましたが、その痕跡である古墳が現在の東灘区にも残されており、ここに東灘のルーツを見ることができます。

摂津国菟原郡に属した律令制時代。荘園が誕生した奈良時代。尼崎藩に組み入れられた江戸幕府時代を経て、交通の要衝だった東灘区は、酒造業を中心に産業の街として発達していきます。

明治以降は兵庫県に組み込まれ、引き続き交通・産業の要地として発達を続ける一方、郊外住宅地としても発展。大阪・神戸のベッドタウンのような役割も果たすようになりました。

戦後、1950年(昭和25年)に御影・住吉・魚崎の三カ町村が神戸市に合併し、東灘区が誕生。

その後、戦後復興、高度経済成長期、バブル経済、崩壊、デフレ時代、阪神淡路大震災と、怒涛の60~90年代を経て今日に至っています。

震災発生時、東灘区の人口は19万人から15万5千人まで落ち込みましたが、その後、復興と共に住宅開発が進められ、街の利便性が高まっていく中で人口は急回復、2003年には人口20万人を超えるに至り、現在は近畿有数の住宅地として知られるようになりました。